マラソン当日 [日記・雑感]
9月30日。朝5:00前、起床。
夢うつつに聞こえていた水の音は、紛れもなく雨の音だった。窓の外は薄暗く、肌寒い。
洗面を済ませ、階下に降りると、すでに朝食の用意ができていた。100キロと88キロの部に出場の同宿の方々は、午前3時前に食事を済ませて出掛けたらしい。今はもう雨の中を走っていることになる。
特に緊張もなく、満腹になるまでごはんを頂く。44キロのスタートは10時で、まだ5時間もある。食事を終え部屋に戻り、身支度を整える。
5:40、宿のご主人が集合場所(村岡体育館)まで送ってくださった。その道は100キロのコースになっており、強くなった雨の中をランナーが走りぬけてゆく。車中からその光景を見ていると、マラソンを走るなんて他人事のように思えてくる。
6:00、体育館に到着し、7:15の体育館発スタート地点行きの大会バスの出発を待つ。ほぼ一番乗りだったが、次第に集まる人は様々で、見ていて面白い。昨日の歓迎祭のままに仮装姿でスタンバっている人、記念ウォークに参加しようとする親子、鬼ごっこを始める子どもたち、その横で寝息を立てているおっちゃん。。。
7:20すぎ、大会バス出発。44キロコース出場者を満載したバスは6台ほど。地理はよく分からないが、ここをきっと走るのだろうという道を、バスは走るのとは比べようもない勢いでグイグイと飛ばしていく。このまま果てしなく走り続けるような感覚になった時、バスは突然目的地に到着した。
スタート地点は、緩い坂に沿って集落が続くところ。脇の山田グラウンド内の体育館で雨を凌ぎながら、10:00のスタートを待つ。気温は相変わらず低く、13~14℃ぐらいしかないだろう。
スタート30分前を切り、ゼリーエネルギーとアミノバイタルプロを飲む。まだ肌寒く、上着を脱ぐのがつらい。トイレも済ませシューズを履いて、グラウンドのテントまで「あいりんバッグ」を預けに行く。
そうこうするうちに、スタート5分前。仲間で応援チームに写真を撮ってもらい、いざスタート地点へ。急ぎ足首をまわし、アキレス腱など足のストレッチをしていると、あと1分。
秒読みで、5、4、3、2、1。スタート。ぞろぞろと長い列が動き出した。
マラソン前日 [日記・雑感]
9月29日、その前日。
一緒に参加する友達と待ち合わせ、新大阪からマラソンバスに乗り込む。バスは2台仕立てで、乗っているのはマラソンの参加者ばかりだが、自分がマラソンに参加する実感はまだまだ湧いてこない。
途中のサービスエリアで休憩中、マラソンに誘ってくれた仲間に偶然会い、ビックリ
昨年は一緒に参加し、今回は応援という友達のクルマに乗せてきてもらったとのこと。いったん別れて、現地で落ち合うことになる。
15:00、現地到着。受付会場の体育館はすでに人でいっぱい。44キロ男子の部を探し、受け付けを済ませ、パンフレットや焼肉券、温泉券がセットになった「あいりんバッグ」を受け取る。今回の大会は、「但馬牛一頭分の焼肉をゴールで食べよう」というキャッチコピーを打ち出している。果たしてゴールにたどり着いて、食べられるのか・・・。
ここで全員合流して、歓迎祭に参加。参加者は第10回の記念大会ということもあり、去年の1.5倍(去年が初の500人越えだったらしいので、800人ぐらい?)らしく、会場の体育館はいっぱいに。隣にいた参加者にお話を伺うと、100キロの部に参加されるとのこと。「ここは日本でも指折りの難コース」という言葉に、じわじわと不安が増していく。。。歓迎祭の締めくくりは、お楽しみ抽選会で、仲間2人は景品をゲット
!今年の参加賞は、10回記念の黒いTシャツ。
会場を出ると、薄暗がりで肌寒い。宿への移動は、大阪から乗ってきたバスで。姫路からのバス便もあったらしく、会場の外には4、5台のバスが並んでいた。
バスに30分ほど揺られて、ハチ北スキー場の民宿街に到着。バスから降りると、目の前が今晩と明晩お世話になる「えびす屋」さんだった。2階のカウンターで部屋の鍵を受け取り、4階へ。明日マラソンが終わったら、この階段登れるかな?
19:30から、夕食をいただく。ここは加美町、日本海へも近く、刺身がおいしい。しっかりご飯をおかわりして、おなかいっぱいで明日に備える。
部屋に帰り、もらったパンフレットでコースとエイドのチェック!ここは村岡、「村岡ダブルフルウルトラマラソン」は日本一エイドが充実したマラソンらしい
事前に、カレーとおはぎに目を付けていた私は、その文字を探すが見当たらない。もしかしたら、正式なエイド場所じゃないのかも、やっぱりエイドを楽しまなきゃね、うんそうしよう、と友達と話して、マラソンの苦しい面からなるべく離れることにする。
ゼッケンをシャツにピン留めし、明日の持ち物を揃えて、22:00頃、就寝。昨日よく寝たせいか、なかなか寝付かれない
涙そうそう [日記・雑感]
今日は宿直明けだったので、昼から夜の会議まではフリーでした。ずっと行けなくて気になっていた、OBの方のお見舞いに行き、再会を約束して分かれた後、久しぶりに映画館へ向かいました。
すっかり建て直された、ミナミの映画館。一人で入ることに少しためらいながら、映画フロアに辿りつきました。ずっと気になっていた「涙そうそう」、調べてみて気になった「父親たちの星条旗」。迷った挙句、「涙そうそう」の甘酸っぱい匂いに惹かれ、チケットを手にしました。
鑑賞前は、30代の私が観ても良いものかと、半ば恥ずかしさ半ば期待でドキドキしながら入室しましたが、温かみのある沖縄の風景やいやらしさのないまっすぐな演技に、ストーリーの展開などは意識せず、作品そのものの世界に自然と入りこみました。場面場面に織り込まれた温かい息吹に、心の底で薄れていた素直な感情が蘇り、観終った後もその衝撃が心に残りました。
映画は、それを観て論じる対象ではなく、それを観て何かに気付くものだと思いました。近頃理屈っぽくなっていたことを気付かせてくれ、さらに日頃出せずに隠していた涙を素直に流させてくれた「涙そうそう」よ、ありがとう。
新しい腕時計 [日記・雑感]
通算8台目。
1台目は、小学生の時に買ったデジタル表示のもの。
2台目は、高校時代に母に貰った誕生日プレゼント。
3台目は、姉に貰った香港みやげ。
4台目は、なくした2台目のかわりに貰った、父の使わなくなったもの。
5台目は、白馬のプレオリンピックで買ったクマのキャラクターの付いた限定もの。
6台目は、当座しのぎに母から貰ったもの。
7台目は、大阪ガスの招待行事で貰った懐中もの。
そして今回の8台目は、ソーラー式の電波腕時計。
それぞれに愛着があり、大事にしてきた時計。しばらく着けていなかった腕に、馴染んでくれるかな。よろしくね!
ある休日に [日記・雑感]
休日がくれた、束縛されない時間。
久しぶりに、TVの中に君を見た。
心さざめき、持つことの出来なかった静けさ。雑踏の中で、聴き取れず、感じ取れなかった温もり。
絡まるごとに解きほぐしながら、進むこと。それが今の生きる道かもしれない。
ある子どもの死 [日記・雑感]
仕事帰り、いつもの頚椎牽引のため整形に行き、今晩は実家に寄った。夕食に向かいながら聞いていたナイターの合間に、悲しいニュースが流れた。
「2歳の子どもが両親に虐待を受けて殺された・・・」
殴られ、蹴り飛ばされ、熱湯を掛けられ、敗血症となって、幼い命は消えたという。どんなに辛かったことだろう。かわいそうで、かわいそうで、涙があふれた。
2歳の子どもにとっては家族が社会の大部分だから、家のドアの外に助けを求めるのはとても難しい。だからこそ、児童虐待防止法第6条(第1項)には、「児童虐待を受けたと思われる児童を発見した者は、速やかに、これを市町村、都道府県の設置する福祉事務所若しくは児童相談所(中略)に通告しなければならない。」と通告の義務を定めてある。(※児童=18歳未満 ※福祉事務所=市区町村役所と同じ建物内にある部署なので、役所と考えてよい ※児童相談所=市区町村役所とは別の建物にあることが多いので、一般の方にとっては、福祉事務所の方が知らせやすい)
聞けば、この子が住んでいた近所の人たちは、この子が苦しんでいる声を聞いていたというではないか!唯一直接的にこの子を助けられる立場の人たちが法律を云々する以前に行動を起こさなかったことも恐ろしいが、法律自体が知られていたどうかも甚だ疑問である。法律が周知されるために、行政は、そして地域は、何をしてきたのだろう。
勿論、この家庭に関わっていた児童相談所に責任を追及することもできる。だが、むしろそのような意識は子どもを救う可能性を狭めていく。行政が子どもを救うのではない。社会の一人一人が第6条の意識をもつことが子どもの命を救うのだろう。その上で、責任の所在である行政(児童相談所、厚生労働省)が、率先して社会の意識改革を行うことが建設的な対策であり、根本課題である。アイデアは沢山ある!この子の死を無駄にせず、何が最優先課題であるか原点に戻り、どんどん対策を打ち出してもらいたい。
そして、地域。地域での登下校時の見守り活動。それはそれで結構なことだ。しかし、守りの視点で害をなくすことは出来ない。害が発生する背景に目を向ければ、それに関係がないといえる人はいまい。見て見ぬふり、知って知らぬふりの無関心や疎外が事態を大きくしていき、いずれ守りようのない事態を招く。守りの範疇を超えた事象は、もはや地域でカバー可能なものではなくなり、対処されぬまま社会を漂流し始め、さらに解決困難な根深いものになっていく。
そして、個人のレベル。この悲しい出来事は、一市民の日常的な矛盾や疑問を象徴している。温かさの欠如、家族・家庭(Home)とは、Homeless(ホームレス)とは、社会とは、子どもの権利、子どもの能力、無秩序、無関心、無関与、無知、法律とは、役所(行政)のあり方とは、児童相談所とは、行政の役割とは、市民の役割とは、もし自分が同じ立場だったら・・・。さらに、生きるとはどういうことだろう、何のために生きるのか、自分の役割は、人間とは・・・。
個人から地域、さらに社会全体へのつながり。一人一人の行動や意識が社会全体の課題や矛盾を生むが、一人一人の努力もまた社会全体の改善に寄与していることも忘れないでいたい。
小さな命 [日記・雑感]
一昨日の晩、階段踊り場に這っていたゴマダラカミキリのことを思い出す。踏み付けられないよう、すくい上げ、高台に移した。
今朝、身支度を整え、玄関を出て階段を下りた。ふと、小さな黒い塊に目が引き寄せられる。昨日のゴマダラだった。小さな手足をさらに小さく縮め、既に命が抜けていた。
帰途、幼い頃飼っていたカブトムシやその幼虫を思い出した。当時は怖がりもせずかわいがっていたのに、いつしか昆虫を慈しむことを忘れてしまった。昨日ゴマダラを平気で触れたのはなぜだろう。
子どもの頃、近所にあったプラタナス並木を廻っては、ゴマダラを探していたっけ。懐かしさと情けなさに悲しみがこみ上げる。
先刻、帰宅。まだそこにいたゴマダラをもう一度すくい上げ、高台に載せる。手足が動くように見えたが、やはりもう動かない。何となく埋めてやりそびれ、明日土に返してやることにする。
玄関にたどり着くと、小さな丸い黒色の塊が、ドアの前で家に入ろうともがいていた。腰をかがめて見ると、小さなコガネムシ。そのままドアを閉めようとしたが、思い直してドアを閉めようとする手を止める。小さすぎて摘み上げられず、手によじ登ってくれなくてすくい上げられず、手頃な紙の上に乗せ、家に入る。その紙を持ったまま、裏庭に面したベランダの窓を開ける。ここなら、踏み潰されることもないだろう。紙の上を歩き始めたコガネムシをベランダの手摺りの上へと滑らせ乗せた。仰向けにひっくり返り懸命に起き上がろうとするキミに気付き、指を軽く差し伸べ、向きを返るのを手伝う。向き直ったコガネに別れを告げる。どうか無事で。
初心忘るべからず ~チャングムからジブリに繋がる発想~ [日記・雑感]
傲慢さにもいろいろある。
威張る、笠に着る、誇大化する、虚勢を張る。。。
このように目に映るものは、大概自分自身ではなく、他者の行動である。
素直な心に戻り、初めて自らの傲慢な心が見えた。
知識の豊かさが、正しさを導くわけではない。
道徳心や深い倫理観が、過ちを排し、輝きを生み出すわけでもない。
謙虚さを持ち、よく観る、そしてそこから学び行動することから、
事実を見極め、判断の材料を見出し、(この段階で初めて)知識や知恵を活用して
対処することによってこそ、正しさを導き出せるのである。
これが対人Serviceのプロフェッショナルとしての前提である。
鈴木敏夫さんの「自信はいらない、人の意見をたくさん聞くことが大事」
この言葉の意味をまた少し理解できた気がする。
復帰初日 [日記・雑感]
今日は予定通り、職場復帰初日を迎えた。
ちょうど、フィギュアスケートの荒川さんがプロに転向して素晴らしい演技で魅せた日!
ちょうど、イ・ヨンエさんが来日して温かいメッセージと笑顔を見せて下さった日!
勝手に悦ばしいことと結びつけて、何と縁起がいいんだろうと、とても嬉しくなる。
新しい上司に一貫性がなくても、
彼自身の都合で話を変えても、
人の頭ごなしに話をしても、
私は変わらない、でも悲しい。
こんな職場ではなかった。
対象の無い役割。連関性のない証明。染み入る空論。
欠けたものは、事実と向き合う勇気。
大切なのは、愛と笑顔!
ですよね!ヨンエさん!
福知山線脱線事故に、再び思う。 [日記・雑感]
今日は、新加入したスポーツクラブのオリエンテーションに参加。
以前(10年位前)に加入していたクラブとは比較にならない丁寧な応対を受け、気持ちよく身体を動かすことが出来た。
今日のトレーニングは、ステップトレーナー→ストレッチ→ステップトレーナー→筋トレ(腹筋・下部背筋・太股の前と後・胸筋・上部背筋)→ウォーキングマシン(ベルトコンベヤーみたいなの)→バイク→ストレッチ(クーリングダウン)という内容。筋トレ以外は、初心者としては上手くいった方だ。筋トレは、鍛えている部位の筋肉を意識しづらかったが、それもまたコツを教えてもらったので、徐々に慣れてくるだろう^^
帰宅後、NHKの関西特集で「福知山線脱線事故」をとりあげていた。一つ、信頼していたものに裏切られた時ほど後遺症が深くなる、という。信頼、つまり「自分が乗る電車が大事故をおこすはずはない」という安心が大きかったほど、PTSDが深く回復しづらいということだろう。殆どといっていいほど、誰もが安心していたはずである。そしてそれは事故以前は当然のことだった。安全性に優先する定時性はないと肝に銘じてもらいたい。
ヒヤリハット事例から導き出されるものは、分厚いマニュアルではなく、個々人の使命感とその共有化だと思う。得られた教訓は、わが職場にもぜひ生かしていきたい。


